※ 本作はすべてフィクションです。
高峯は警視だった。といっても、それほど偉いわけではない。実際の警察の階級に刑事は存在せず、警察庁長官→警視総監→警視監→警視長→警視正→警視→警部→警部補→巡査部長→巡査長→巡査となり、警視よりも偉い人は多い。しかも地方の小さな警察署を任されているだけなので、あまり事件は起きないし、起きても美味しい事件はたいてい中央のエリートコースに持って行かれる。
そのため、彼が「警視高峯じゃない。軽視高峯だよ」とうそぶくのも間違いとは言えない。もちろん、殺人事件があるという通報は多いが、たいていの場合それは誤報だ。人が倒れていて返事をしないと殺人事件にされるだけで、実際には死んでいないことが多い。
というわけで、遅い昼食の蕎麦をすすりながら、関西に赴任したらうどんの方がいいかな、などと思っているとき、女性警察官が息を切らせながら飛び込んできた。
「たいへんです、高峯警視!」
「なんだね、君との不倫がばれたのかね?」
「そんな脳内妄想の話ではありません。殺人事件です」
「またか。どうせ救急車の中で目を覚ますとか、そういうオチだろう」
「本当に人が死んでいます。通報者は、その救急車の救急隊員なのです!」
「あるいは本物なら中央から出張ってきて……」
「人手が無いから自分たちで解決しろですって」
「なに!?」
「待ちに待ったチャンスです! 犯人を捕まえましょう!」
というわけで、警視高峯は部下も使い、捜査を開始しした。
その結果、容疑者は浮かんでこなかった。
「仕方がない。君が犯人になりたまえ」
「は? なぜ私が。不倫以上にあり得ません!」
「うむむ」
「どう見てもこれは自然死でしょう」
「そうだな。自然死にしか見えない」
「そういう報告書を書いてくださいね」
そして、仕方なく報告書を書きながら警視高峯は思った。出世のチャンスだったはずなのに、なぜこのような結果になったのだろうか。
そして気づいた。
人手不足は口実だ。
口実を作って逃げ出す器量の無さが出世街道から自分を遠ざけているのだ。
警視は必死に次の口実を作るべく、不倫の相手を探したが、結局誰からも軽視された。
(遠野秋彦・作 ©2009 TOHNO, Akihiko)
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